AKB48京セラドームコンサートの思い出|作品No-0027「Psyllium Train」
2013年8月7日は拓馬が本物のAKB48を観た日です
今年の夏に行った
AKB48京セラドームコンサートの
思い出が完成しました
昨日土曜日は「希望の園」で絵画教室だったので
家内が撮影してきました
点々と四角い粒が描かれていますが
これが会場全体で光っていた
「サイリウム」です
ところで今日は「希望の園」さんとの
「不思議な御縁」について
お話したいと思います
元々「希望の園」とは
松阪市が母体の
「成人障がい者通所施設」でした
ですので拓馬が10才の時に参加した
自由芸術教室「HUMAN-ELEMENT」とは
まったく無関係だったのです
ただ、たまたま
自由芸術教室「HUMAN-ELEMENT」の
主催者である村林真哉先生が「希望の園」に
携わっていたに過ぎなかったのです
なので、拓馬が始めて
「HUMAN-ELEMENT」に参加した時は
伊勢市の横浜ゴム工場の2階がアトリエでした
その後、アトリエは
伊勢市の横浜ゴム工場敷地内(?)の
一戸建て住宅に移りました
「HUMAN-ELEMENT」の沿革には詳しくないので
うろ覚えなのですが今の「希望の園」が松阪市から
独立したのが2005年ですから8年以上前の話です
その後Nさんという松阪市の方が
ご自宅を「HUMAN-ELEMENT」に
アトリエとして提供してくれたのです
ここが今でも「希望の園」や
「HUMAN-ELEMENT」参加者たちが
利用しているNさんのご自宅です
そして、ここに移った当時はすぐ隣に
空き地があって、なんの整備もされていない
荒れ地でした
その荒れ地に村林真哉先生が
特定非営利活動法人 希望の園 を
新築してしまったのです!
こちらが駐車場入口
これが「希望の園」の施設です
さらにはこちらに昨年別棟を
増設してしまいました!
・・・で、何が言いたいのかと言いますと
村林真哉先生とは芸術家でありながら
起業家でもあり
エグゼクティブ・プロデューサーでもある
ということなのです!
3年ほど前に拓馬は務めていた会社を
半ば強制的にリストラされてしまいました
それでも家内と私は拓馬に社会性を
身につけて欲しかったので
初めは再就職活動も考えていました
「希望の園」への通所は当初
拓馬が再就職するまでの
「つなぎ」だと考えていました
けれどもそうそう良い
就職先も無かった時
2013年「早川 拓馬展」
が開催されたワケです
今では再就職なんて気持ちは、まったくありません!
早川 拓馬はその一生を「希望の園」にゆだねますので
村林真哉先生を始めとするスタッフのみなさん
今後とも末永くよろしくお願い致します(^^)
この作品は油彩画です
サイズは20号
原寸で78センチ×65センチです