アウトサイダーアート 2017

アウトサイダーアート2017豊橋|2017.07.02

20160703

 

大好きな「快速みえ」と新幹線に乗って豊橋まで行って来ました!

 

今回は、

 

「なぜ私が神奈川県から三重県に引っ越して来たのか?」

 

という、私の人生のエピソードについて、
お話させて頂きます。

 

早川拓馬の父親・匡は元漫画家だった!?

 

今でこそ、私はもう

 

「早川拓馬の父親・匡」

 

としてしか、新聞などで紹介して頂けませんが、
私、早川 匡こと、早川 てっちとは、
正真正銘の、元漫画家でした。

 

証拠のサイト→「漫画の描き方.com-初心者-

 

20歳で「集英社・週刊ヤングジャンプ」に
「おそば事件」で、持ち込み投稿した私は、

 

即日、週刊ヤングジャンプ編集部と
専属契約を果たしたのでした。

 

26歳で漫画家挫折!

 

ところが・・・。

 

大学を卒業して、Y先生のアシスタントとして
生活費を稼ぐかたわら、週刊連載デビューを
目指していた私に、ある日突然、難病が襲いかかりました。

 

「頸肩腕症候群」という聞きなれない病気ですが、
これにより、26歳の夏に、私は漫画家を
諦めなければなりませんでした。

 

28歳の時、1989年、拓馬誕生!

 

それから、友人のつてで、私は
株式会社トータルメディア開発研究所

 

という、博物館の展示設計・制作を専門とする
会社に、入社出来ました。

 

その会社で、展示制作部門に配属された私は
1989年10月に開館した

 

三重県立斎宮歴史博物館

 

の展示工事現場監督として、約半年間
松阪駅前のビジネスホテルで、一人暮らしを
していたのでした!

 

1989年と言えば、拓馬が誕生した年です!

 

創作の夢捨てきれず&拓馬自閉症のため三重県に!

 

実は、私はその頃「版画家」になりたかったのです。
また、拓馬が4歳となり、幼稚園で
「自閉症」だと、分かってしまいました。

 

なので、自分の夢と、拓馬の生活環境のため、
少しだけ、地に明るい、三重県伊勢市へと
1993年に「Iターン転職」をしたのです。

 

・・・というわけで、
それから、冨岡先生と出会い、

 

村林真哉先生を紹介して頂き、
今の私と拓馬がいるのでした!

 

今後とも末永くよろしくお願い致します。

※画像の無断使用は一切禁止とします。

 
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